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「熊本地震復興支援事業」に参加してきました。

4月14日以降、二度にわたって震度7を超える地震が起きたほか、何度も大きな揺れを観測した熊本県。場所は違えど、21年前に阪神淡路大震災を経験した我々は、いてもたってもいられず、4月16日~18日の3日間、明石駅前で募金活動を行いました。

(詳しくはこちらhttp://www.akashi-jc.or.jp/kouhou/kiji6757/

皆様から頂いたお気持ちを胸に秘め、7月30日(土)~8月2日(火)にかけて、公益社団法人日本青年会議所近畿地区兵庫ブロック協議会の「熊本地震復興支援事業」に参加してきました。

7月30日(土)22時神戸駅に集合し、兵庫ブロックの仲間たちと共に熊本へ向けバスで出発。出発に際しては、宮崎直前会長より激励の挨拶がありました。

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「復興は、まず子ども達の笑顔から」、「熊本の笑顔を作るのは、俺たちだ」という合言葉のもと、気合十分。でも本音は不安がいっぱい。。

バスに揺られて10時間、熊本県御船町に到着。一番被害の大きかった益城町の隣の町です。休む間もなく、縁日ブースの準備に取り掛かります。明石からは、明石ダコのから揚げ、わた菓子、たこ壺シュートを準備。

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すると、一人二人と人が集まってきて、11時の開会時間には、こんな感じに。

千住ブロック会長よりご挨拶、そして、子ども達の元気な「こんにちは~!」

 

その後、子ども達のヒーロー「動物戦隊ジュウオウジャー」が登場。会場は大歓声!

 

ショーが終わると、お昼ごはんです。この日を楽しみにしていた親子連れや避難所で生活する方々がどっと押し寄せます。御船町の藤木町長もお越しになられました。

「明石ダコ、おいしい!」「わた菓子、作って~。」「たこ壺シュート、難しいけど楽しい!」

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初日は、特に明石ダコのから揚げが大盛況。用意していた10kgがあっという間に無くなり、5kg追加!

明石:「ごめんやけど、一人2個まで!みんなに食べてほしいから!」

熊本:「もちろんや!そうやって助け合ってきたんやから!」

そんな中、浮かない顔で何度も並ぶ少年を発見。どうしても気になったので、後をつけてみると、避難所へ入っていく少年。そこで見たのは、、

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持って行ったから揚げ2個を、避難所の家族に渡して、また列に並び直す少年の姿。

私:「何人家族なの?」

少年:「6人家族です。お隣の方にもお渡ししました。みんなに食べてほしくて、何度も並んでごめんなさい。」

私:「あと何個欲しいの?」

少年:「あと2個でみんな食べられます。いいですか?」

私:「もちろんだよ!みんなのために、ありがとうね。」

少年:「(ニコッ)ありがとうございます!」

 

その後、避難所での生活を伺いました。現在、御船町の避難所には170名の方々が生活しており、自宅が半壊もしくは全壊した方ばかりとのこと。復旧の目途は立っておらず、また仮設住宅もいつできるのか分からず、先が見通せない、不安に押しつぶされそうな日々を過ごしているそうです。

2人あたり2畳のスペースに布団を敷いて、隣とは布一枚の仕切りがあるだけ。トイレ、シャワー、洗濯機、テレビ、冷蔵庫は全て共用。助け合わなければ生きていけない現実がそこにはありました。私たちが当たり前だと思っているものは、そこにはありません。

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参加した会員の一人が言いました。

「お祭りや縁日のゴミは普通は食べ残しばっかりなんだけど、今日のゴミ袋には一つも食べ残しが無かったんだよね。僕たちは、恵まれた環境の中で、大切なことを忘れてしまっているのかもしれないね。」

 

初日の縁日ブースが無事に終わり、達成感と満足感を感じつつ、バスでホテルへ。

途中、益城町役場前を通ると、、(絶句)

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全壊した家屋、今にも倒れそうなビル、瓦が落ちてブルーシートの貼られた家々。右上の写真を見てください。きちんと写ってはいませんが、奥の建物は柱が折れてしまい、潰れかけたところを、車が柱の代わりとなり何とか建っている状態です。

「僕たちが、今日してきたことは正解だったんだろうか。役に立ったんだろうか。」

 

ホテルへ到着し、懇親会が開催されました。懇親会では、参加した全員が一言ずつ感想を述べます。

「涙ながらに、「ありがとう」って言ってくれたお母さんがいました。」

「報道されていることと、現場は違った。僕たちにできることはまだまだある。」

様々な意見が出る中で、最も印象的だったのは、

「今日、見て聞いて感じたことは人それぞれ違う。でも、一つだけ確かなことは、今日、笑顔になり、涙を流し、心を動かされた人たちがいる。我々の中にも、被災地の方々の中にも。その感動を味わった人は、もし次に困難を迎える人がいれば率先して動くはずだ。その想いの連鎖、恩を返すのではなく、恩を送ることのできる人を増やすことができたのであれば、それは、青年会議所の活動として大変価値のあることではないだろうか。」

 

 

 

翌1日(月)も朝から縁日開始。昨日の感動を行動に移します。明石ダコも補充完了!今日も頑張るぞ!

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今日の一番人気は、わた菓子。「自分で作ってみよう!」と声をかけると、子ども達が次から次へと並びます。

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わた菓子を作る子どもを笑顔で見守るお母さんがいたので、声をかけました。

私:「生活はいかがですか?」

母:「最初は、物も届かず、道は通れず、一か月水も出なくて大変でした。今はずいぶん良くなりましたよ。」

私:「それは良かったですね。(笑顔)」

母:「でも実は、一番辛くて不安なのは、あの子のことなんです。地震があってからは、私のそばを離れることができなくて、夜になると泣き出したり、私が隣の部屋にいても怖いみたいです。保育園にも行けなくなって。」

私:「・・・」

母:「でもね、あの姿見てください。わた菓子に夢中になって、私のもとを離れてはしゃいで笑ってる。久しぶりにあの子の笑顔が見れました。本当にありがとうございます。」

私:「・・・涙」

 

たくさんの方々と話しました。誰一人として不安やつらさや悲しさを表には出さず、前向きにひた向きに生きておられる姿が印象的でした。遠くから眺めているだけでは決して分からないことを学ばせて頂きましたことに、感謝します。

3か月以上車中泊で過ごしたという親子も、「今日はしんどいのを忘れて楽しい時間でした」と言ってくれました。

避難所で暮らすおばあちゃんは、尼崎の出身。「今日は来てよかったわ。普段はあまり外にも出ないんだけど。たくさん話しを聞いてくれたお兄さんがいたんだけど、「ありがとう」って言っておいてね。」(このお兄さんというのが、明石JCの仲間だったと分かるのは、三日後のことです。不思議な縁も感じました。)

 

そして、最後には「トイレの神様」で有名な植村花菜さんのトーク&ライブ。残念ながら写真はありませんが、阪神淡路大震災を経験され、皆さんに勇気を与えたいと熱唱される植村さんの歌声に、会場に優しさや感動が満ち溢れます。

最後は、東日本大震災からの復興を願い作られた「未来へつなぐメッセージ」を大合唱。参加者の目にはうっすらと涙が。

公益社団法人日本青年会議所「未来へつなぐプロジェクト」 http://miraiproject.jp/

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2日間の長いようで短い熊本県での支援事業を終え、2日(火)早朝に神戸駅に戻ってきました。

果たして、私たちの行動は正解だったのでしょうか。答えはまだ出ませんが、自分の目で見て耳で聞いて肌で感じて、そして考え続けること、行動し続けることこそが、より明るい豊かな社会を作っていくという確信を得ることができた、そんな事業だったと思います。

被災地の皆様の一日でも早い復旧復興を心から願いますと共に、本事業にご尽力いただきました多くの方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。

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